ゆかりの地 (京都府内8市町、兵庫県内2市、福井県1町)
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福知山市福知山城:明智光秀は織田信長の命をうけ丹波一帯を平定し、この地にあった横山城を改築し福知山城と改名(臥龍城) 舞鶴市史跡田辺城跡:細川藤孝によって築城。本能寺の変の後、名を幽斎と改め、この地に隠居 綾部市山家城址公園:本能寺の変の後に谷衛友が築城し、谷藩政の中心地であった。関ヶ原の戦いにおいて、衛友は西軍に属し細川藤孝(幽斉)の田辺城の包囲に加わりました。 宮津市盛林寺:藤孝(幽斉)の子の肖像や、ゆかりの資料が伝わる。境内裏には玉(ガラシャ)の元に届けられ、供養されたとされる光秀の首塚も。
亀岡市丹波亀山城址:明智光秀によって築城され三層の天守が構えられた。のち徳川家康が天下普請として藤堂高虎に縄張りを命じ西国大名を動員し、近世城郭として亀山城を大修築。 長岡京市勝竜寺城公園;細川頼春により築城。のち織田信長より細川藤孝(幽斉)に与えられる。明智玉(ガラシャ)が細川家へお輿入れしたのが勝龍寺城。 京丹後市細川ガラシャ隠棲地の碑:本能寺の変の後、忠興(三斎)は玉(ガラシャ)と離縁せず、この地に幽閉しました。 大山崎町「山崎合戦之地」碑:本能寺の変の後、豊臣秀吉は「中国大返し」と呼ばれる速さで畿内に引き返し、織田信長を討った明智光秀と天王山の戦いをした地(山崎合戦)。
篠山市八上城跡:波多野氏が本拠とした山城。織田信長の命を受けた明智光秀による攻略で兵糧攻めにより落城。のちに前田茂勝が入城。赤井直義の時、明智光秀に攻められ落城。 丹波市黒井城跡:別名を保月城、保築城ともいう山城。三方尾根伝いに曲輪群を配置し全山を要塞化している。 若桜町熊川宿の町並み  
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